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東京高等裁判所 昭和44年(ラ)1008号 決定 1970年6月17日

抗告人 岡田衛

相手方 堀野正雄 外一名

主文

原決定を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一  抗告の趣旨

原決定を取り消し、相手方らの借地条件変更申立を棄却する旨の決定を求める。

二  抗告の理由

後記のとおり。

三  当裁判所の判断

抗告理由第一点について。

原決定は、相手方堀野正雄が抗告人から東京都目黒区中根二丁目六二番宅地一七六五・二八平方米(五三四坪)(以下、本件土地という。)のうち九六八・二六平方米(二九二坪九合)を木造建物所有の目的で賃借し、その地上に家屋番号二六九番二木造スレート葺二階建工場床面積一階三七一・〇七平方米(一一二坪二合五勺)、二階三五八・七一平方米(一〇八坪五合)を所有していること、および相手方堀野雅子が抗告人から本件土地のうち、右以外の部分七九九・九九平方米(二四二坪)を非堅固建物所有の目的で賃借し、その地上に家屋番号二六九番三木造スレート葺二階建工場床面積一階三七一・〇七平方米(一一二坪二合五勺)、二階三五八・七一平方米(一〇八坪五合)を所有していることを、それぞれ確定し、相手方らの、右工場二棟を取り毀し、そのあとに共同で鉄筋コンクリート造五階または六階の建物を建て、これを工場・事務所兼共同住宅として使用するため借地契約の目的を非堅固建物所有から堅固建物所有に変更することにつき借地条件変更の裁判を求める旨の申立に対し、これを認容し、相手方らが抗告人に原決定確定の日から三月内に金一七〇九万円を支払うことを条件に、相手方らと抗告人の前記各借地契約の目的を堅固建物所有に変更する旨の裁判をした。

しかしながら、原審における実況見分の結果によると相手方らがそれぞれ賃借中の本件土地の各部分は、現に南北に分れ、その地上に相手方ら各自所有の右各建物が存在していることを認めることができ、かつ、一件記録を精査しても、相手方らと抗告人間の各借地契約において、本件土地を一括して、各賃借人である相手方らがその地上に共有建物を所有し、土地の共同使用をすることを可能とする趣旨の約定を認めるには不十分である。借地法は、裁判所に当事者間に協議の調わないことを前提に借地条件の変更をする権限は認めたけれども、賃貸人を同じくする互に隣接する土地の各賃借人について、それぞれの借地を一括して共同利用をさせることのできる権限を付与したり、あるいは各別の土地に対する数名の賃借人の借地権について、これをそれぞれ共同賃借権に変更するような権限を認めているものでもない。したがつて、原決定が相手方らの借地条件変更の申立に対し、相手方らの有する借地権が賃貸人である抗告人に対する関係で、それぞれの借地部分を共同使用する権原を含むものであることを確定しないで、本件土地上に相手方ら共有の共同建物を建築することを認めたのは、裁判所の権限に属しない事項について裁判をした疑いがあり、その余の抗告理由について判断するまでもなく違法として取消しを免れないが、当審において相手方らの主張しているとおり、相手方らは夫婦であり、相手方堀野雅子が本件土地のうち、その借地部分の借地権を取得した際において、相手方らは本件土地を一括して使用することを予定しており、これを賃貸人である抗告人も容認していたという事情があながちないともいいきれないと考えられるので、この点を原審においてさらに明確にし、相手方らの申立の趣旨内でどのように借地条件の変更をすべきか審理を尽させるのが相当と思料される。

よつて、借地法第一四条ノ三、非訟事件手続法第二五条、民事訴訟法第三八九条の規定を適用して、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 桑原正憲 高津環 浜秀和)

(別紙)

抗告の理由

第一、原決定は借地法が裁判所に与えた権限を踰越して借地条件の変更を許容している。

(一) 原審における申立人(以下申立人という)二名は抗告人(原審における相手方以下抗告人という)所有の隣接する土地を各賃借し、その地上に木造工場を所有していたところ、該工場を取り毀し、そのあとに、「共同で」鉄筋コンクリート造五階又は六階の建物を建て、これを工場、事務所兼共同住宅として使用したい計画を樹てているが借地契約の目的の変更につき地主と協議が調わないからこれが変更の裁判を求めると申立ている。

(二) 原審決定はその理由の冒頭において申立人両名の借地が合計五三四坪であることを特記し、その主文の1において「申立人らが相手方に本裁判確定の日から三月以内に金一七〇九万円を支払うことを条件に、別紙目録(一)及び別紙目録(二)記載の各借地契約の目的を堅固建物所有に変更する」旨の裁判をした。

(三) 前項の主文は「各借地契約の目的を変更する」と判示し、一見各借地につき独立に堅固建物が建てられることになつたかの如くであるが、「共同で建築したい」旨の申立を認容し、かつ決定理由の冒頭で特別の必要もないのに両借地の坪数を合計してこれを特記し、しかも、右主文においては附随処分の支払金を一本化し恰かも連帯債務の如く取り扱つていることは、原決定は借地契約の目的を堅固建物所有の外共有建物の所有に変更したものと判断される。

(四) 共有建物は持分の割合に応じて建物を所有するものであるから申立人両名の建物所有権が両借地上の建物全面に及ぶことは謂うまでもない、借地法第八条ノ二は裁判所に対し借地目的を変更する権限は与えてはいるが、借地権のない地上にその建物所有を可能にする権限は与えていない。

(五) 仮に両借地の境界に従つて区分所有の建物を築造しても共用部分として区分所有の目的とならないものを生ずる、又仮に境界に従つて截然区分された建物の築造があり得ても、両借地上の建物は構造的に一層強固のものとなり、地主に対し不利益を生じ、かかる建物の築造を許容する法律上の根拠はない。従つて両借地は各別に堅固建物を築造する外はないが、それは申立人らの申立の趣旨に反することであり、又附随処分の金銭支払との関係はどうなるのであろうか解釈に窮することとなる。

第二、原決定は、借地が準防火地区に指定されたことをもつて堅固建物の所有を目的とすることを相当とする事情の変更に該当すると認めたがこれは不当である。

(一) 原決定は、附近の土地の利用状況の変化からすれば本件借地は堅固建物の所有を目的とすることを相当とするに至つたとは認め難いと明断しているが、次で「借地契約後に準防火地域の指定を受けたことは、本件借地上の建物からすれば、堅固建物の所有を目的とするのを相当とするにいたつた客観的事情の変更に該当するものというべく、本件申立は認容すべきである」と判断している。

(二) 借地法第八条ノ二は「現に借地権を設定するにおいては堅固の建物の所有を目的とすることを相当とするに至りたる場合」の事情変更の原由として(一)防火地域の指定(二)附近の土地の利用状況の変化(三)その他の事情の変更を挙示しているが、準防火地域の指定は事情変更の原由に掲げていない、借地法が建築基準法に並列して規定する防火地域を取り上げ準防火地域を取り上げなかつたことは、防火地域の指定は事情変更の理由とするが、準防火地域の指定はその理由としない立法的意図を明らかにしたものである。従つて準防火地域の指定のみの理由により借地条件変更の申立を容認した原決定はこの点において不当の拡大である。

(三) 準防火地域の指定が借地条件変更の原由として立法的に否定されたか否かはしばらく措き、準防火地域の指定は果して借地法第八条ノ二に掲げる「その他の事情の変更」に該当するであろうか、謂うまでもないが同条の借地条件の変更は土地所有権にとつては重大な制約で運用次第では憲法第二九条の違反ともなり兼ねない、されば立法に際し衆議院法務委員会において新谷政府委員は、「その他の事情の変更により」の説明において「その地帯一帯に鉄筋の立派な建物が並んだ場合に、ただひとり特定の建物のみが旧態依然たる木造の建物で残つていることは歓迎すべきことではない、そういう場合にこの法律の八条ノ二が働く」旨この法律が社会的に余儀ない事情の変更に適用されることを明言している、言うまでもなく、防火地域の指定は公共の福祉を守る高度の必要性によるものであるが、それより低い必要性に基づく準防火地域の指定をもつて、借地条件変更の事由とすることはこの法条の解釈として不当である。

(四) 防火的見地のみからすれば、準防火地域も防火地域と同様に扱はれることがベターであろうが、土地所有者はその土地につき夫々の計画を持つている、然るをただ防火的にベターであるとして自己の所有地が他人の「賃料ある所有地」と化することは心外であり、法務委員会における政府委員の右説明も、羊頭を掲げたに止るとの疑惑を持つに至る、誠に無理からぬ次第である。

(五) 防火地域内においては、階数が三以上が延べ面積が百平方米を超える建築物は耐火建築物とし、その他の建築物は耐火建築物又は簡易耐火建築物としなければならない(建築基準法六一条)と定められているが、準防火地域については、地階を除く階数が四以上が延べ面積が千五百平方米を越える建築物は耐火建築物とし、地階を除く階数が三以上が延べ面積が五百平方米を越え千五百平方米以下の建築物は耐火建築物又は簡易耐火建築物としなければならない(同法六二条)と規定し、防火地域の建築制限を大幅に緩和している、しかも階数が二以下で面積が五百平方米以下の建築物は木造でよい(同条二項)ことになつている。

即ち、防火地域では百平方米を越える建物が制限を受けるので木造建物では極度に土地利用効率を損うが、準防火地域においては五百平方米以下の建物は木造で存在できるので土地利用効率を損うことが極めて少い。

斯様に防火地域と準防火地域とでは、ただ準の字があるとないとの差だけでなく、その実質に大きい差があり、これを同一に見ることは誤りである。

(六) 原決定は、本件借地上の建物は二棟共五〇〇平方米以上千五百平方米未満であるから改築については、これを耐火建築物又は簡易耐火建築物にせざるを得ないと判断している。木造建物所有目的の借地上に五百平方米を越え木造建物を所有したところ準防火地域の指定を受けた場合、改築について同一規模の建物にしなければならない理由はない。防火上一棟の建物を二棟とし、使用上に生ずる若干の不便は工夫を加えて補うことにより借地目的を達することは、いくらでも可能である、然るにこれを口実に借地条件を堅固建物所有目的に変更しようとすることは偏頗である。

第三、原決定の附随処分は算定の根拠が不相当である。

(一) 原決定が附随処分として条件変更により増加した借地権価格の増加分を支払わしめ、土地利用効率の増加により賃料を改定すべきであるとすることには原則として異議はない。

(二) 賃借権の増加分を算出するためには旧借地権の価格を算出してこれを増加借地権価格から差引くべきである、地上建物の朽廃は借地権の消滅をみちびくことが借地法の原則であるから建物の朽廃状況は借地権価格算定の重大な因子であるところ、本件の建物は原決定も認めている通り「相当老朽化して」いるのであるからその借地権価格は新らたに借地権を設定した場合の価格である更地価格の七〇パーセントから老朽化による消耗分を減額したものである、然るに鑑定委員会も原審も借地権の価格を固定的に把握し、古くも新らしくも更地の七〇パーセントと評価しているがその合理性はどこに在るのであろうか、所有権の如きものは格別、期限その他の借地条件によつて組成されている借地権の価格はその条件の変化により流動することは当然である、借地上建物の老朽化や残存期間の短いこと等から旧借地権を正しく評価した場合、新借地権価格との差は原審の認定を大きく上廻る、旧借地権につき朽廃時期その他具体的条件に基づく評価もせず、唯新旧の差を漫然更地価格の一〇パーセントとする鑑定委員会の意見を採用したことは、そこに何等の合理性も発見されず、唯安易の道を採用したものという外はない。

(三) 原決定は附随処分として賃料の改定を命じている、本来木造建物所有目的の借地と堅固建物所有目的の借地との間に賃料の差異があるべきかについては疑問がある、然し本質が不明確な権利金又はこれに類するものの授受が横行し、裁判所も何時がこれを公認する百奇昼行の時代においては木造建物所有と堅固建物所有との間に賃料の差別を置き、これを潤滑油とすることも現状において意義なしとはいえない。

(四) 鑑定委員会の本件土地の評価は坪三二万円であるから底地価格は九六、〇〇〇円である、その底地を投資した場合、適正利潤率を年六分とすることは日本不動産研究所その他の鑑定において、又裁判所の判決例において一般的である。最近においては最高裁第一小法廷が昭和四四年九月二五日判決同庁昭和四三年(オ)第四三九号賃料値上げ請求事件において「地主の年間賃料収益を投下資本に適正利潤年六分を乗じたものとすることは合理的かつ妥当である」と判示している。鑑定委員会意見書記載のように一・五パーセントを標準的利廻りとすることは見たことも聞いたこともない。従つてこれを無批判に採用した原決定が誤つていることはいうまでもないところである。

以上何れの点においても原決定はあやまつている。

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